(11)1日1箱のペースでタバコを吸っていたから自業自得だが父は肺気腫、肺がん、脳梗塞、狭心症、レビー小体型認知症など複数の病気を抱えていた。さらに入院中にはMRSAや緑膿菌という感染症も・・・。最後は肺炎となり、呼吸が苦しい状態が2週間近く続いた。しんどかっただろうな。

(12)父はレビー小体型認知症だった。そのため頻繁にリアルな幻視が出現する。『孫が裸で寝ているから、布団をかけてやれ』『孫が棚の上から降りれなくなっているから、おろしてやれ』『小さな虫がベッドの周りにたくさんいるから、追い払ってくれ』と。当然、孫も虫も家の中にはいません。

(13)父が最後まで覚えていたのは孫だ。孫のことが大好きで、遊びに行くと1日中遊んでいた。そんなこともあり父はよく孫の幻視を見た。嫁、母、私、孫の順で記憶が薄れていく中、私のことは医者と思っていて会いに行くと「やあ先生」と挨拶された。我が子を忘れてしまうなんて残酷すぎる。

(14)父の介護をしていた時、一緒に暮らしていることが本当に苦痛だった。朝から晩まで、排泄、入浴、食事の介助に加え、意思疎通がうまくいかないため、何をするのにも時間がかかり、いつもイライラしストレスを感じていた。しかし、父の介護が終わってからは後悔することばかり頭をよぎる。

(7)私が寝ている間に父が外に出てしまうことを防止するために、廊下に布団を敷いて寝ていた。父が外に出るには、私を踏みつけていかなければならない状況を作った。毎朝5:30位になると、父は私を踏みつけて外に出ようとする。どこに行くのか尋ねると「お母さんがいないんだよ」と。

(8)母が倒れて入院した日、自宅でひとりになった認知症の父は、私が家に到着するのを待ち切れず、母を探しに出かけてしまった。探し回ること1時間、家の近くにある公園のベンチに座っていた。私が「探しちゃったよ」と声をかけると、父は「お母さんを探してたんだよ」と。無事でよかった。

(9)父の介護をしていた時、一緒に暮らしていることが苦痛だった。朝から晩まで、排泄、入浴、食事の介助に加え、意思疎通がうまくいかないため、何をするのにも時間がかかり、いつもイライラしストレスを感じていた。しかし、父の介護が終わってからは後悔することばかり頭をよぎる。

(10)父の胃ろうを決断したのは私だ。主治医からは「胃ろうしなければお父さんは死にますよ」と言われた。もちろん断る選択肢もあった。私の決断が人の「死」に直結するなんて今まで経験したことはない。認知症じゃなかったら父は同意しただろうか・・・。こんな決断は二度としたくない。

(4)父の趣味であるアユ釣り。釣りに行きたいと頼まれたが、認知症の父が釣りをするのは無理だと勝手に決めつけていた。しかし仕掛けに必要な道具を買いそろえ、仕掛けを作るところを目の当たりにしたとき、体で覚えている父のアユ釣りは父の誇りそのものだったのだ思い知らされた。

(5)父には意欲を持てるキーワードや思い出はたくさんあったはずだ。そしてプロフィールの中には、認知症になっても誇りある生活をおくるためのヒントが必ずあると確信した。もう少し早くそれに気づいていればと後悔が残る。逆に認知症になったからこそ知ることができたこともあった。

(6)父の生きがいは孫。私の名前は忘れても孫の名前は最後まで覚えていた。そして孫の存在は認知症の父に幻視を見せた。「棚の上からおろしてやれ」「お腹を出して寝ているから布団をかけてやれ」など。亡くなる間際、孫の笑い声を聞かせたとき口元が緩んだ。これが最後の反応だった。

(1)父を説得してやっとデイサービスに行ってもらった。行きたくないのは重々承知していたけど・・・母はもう限界・・・しかたがなかった。でも行きはじめてしばらくすると、いつのまにか父にとってデイサービスは職場への通勤に変わっていた。

(2)母が倒れ代わりに父の介護をしたとき、父の1日の予定を知らないため、気付くと私の生活リズムに父を合わせていた。そのため父とよく喧嘩になった。そこで起床、就寝、食事、トイレ、入浴を父のペースに合わせた。父の不穏は消えたが、父のペースは逆に私のストレスにつながった。

(3)私は一緒に暮らしていた親のプロフィールをほとんど知らない。仲が悪かった影響もある。子供の頃に聞いた父の幼少期の話もほとんど覚えていない。私が生まれる前に亡くなった兄の話も父の死後、父の日記を読んで知った。やっと話をする頃にはレビー小体型認知症になっていた。

「仕事と介護の両立」は介護する側と介護される側がこの先どんな生活を送りたいかを共有できてはじめて成り立つもの。
親にも子にも家庭があり、仕事(役割)がある、さらに言えばやりたいことや夢もある。
だからこそ元気なうちにお互いのことを理解しあい、価値観を共有する必要がある。
親子で折り合いをつけて上手に付き合っていける、そんな関係性を目指すことが仕事と介護の両立のための第一歩。
本来、親は息子や娘に負担をかけたくないと思っている。同時に息子と娘は育ててくれた恩を感じている。
お互いが一歩ずつ歩み寄ることが仕事と介護の両立をするための特効薬になるんだと思います。


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